コロナ禍にニューカッスルからロンドンまでタクシーで大縦断
コロナ禍の英国で日本人がフェスのヘッドライナーを務める、という、ロックの歴史に残る偉業を果たした我々だったが、まだ大きな仕事が残っていたのだった。
明日中に、ロンドンに着かねばならない。
これもまた歴史に残るような冬の大嵐”Storm Arwen” のせいで、イングランド北部を通る列車は全て運休である。もちろん我々の列車もだ。
明日までにロンドンに着かないと、日本へのフライトに間に合わない。一大事なのである。
そういうわけで、この400km以上の道のりをタクシーで行く、という最後の手段を取ることにした。明日になってみなければ可能かどうかはわからないのだが。
演奏を終え、関係者の友人やファンと交流したあと、宿に戻ろうとしたが、真夜中でもあり、積雪のせいかタクシーを呼ぶことはもはや不可能だった。仕方がないので、我がベーシストとともに雪道を歩いて帰る。幸い、雪は止んでいた。せめてこのまま降らないでくれるといいのだが。
街のど真ん中を通るので、クラブなどがある。この天気なのにドンチャンやっており、入り口付近にはタバコ(タバコではないものも、だが)を吸いに出てきた若者がたむろしている。女の子たちの服は露出の多い、というかほぼ水着に近いワンピースであり、雪景色との対比があまりにもシュールである。気温はマイナス5度くらいだぞ。
ここで今日のワンポイントレッスン
シュール
という言葉は
surreal
である。超・現実ということだ。「シュール」とは全く違う発音なので、間違いなく伝わらないが、自分はむしろ日本人が「シュールだねえ」と使っているのを聞くと、日本語での意味がよくわからなくなる。すでにこのカタカナ英語は独自の意味を持って一人歩きしているのかもしれない。
ところで、real あるいは really という単語の発音がちゃんとできる日本人はほとんどいない。生徒さんにもめっちゃ気合い入れて教えるが、大多数が本気で練習してくれてない気がする。これがちゃんとできればかっこよく聞こえるのになあ、といつも思う。そして、これができるようになれば他の単語の発音も上手くなるのに…
毎回毎回この発音を指摘していると、そろそろ嫌われそう…と思うので、こちらも心が折れる。
なんとか宿にたどり着き、明日タクシーが見つかることを願いつつ、外気とさほど変わらない室温の部屋で、気絶するように寝た。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
朝だ。
7時にタクシー会社に電話をすることになっているので、早速かけた。
オペレーターのお姉さんが対応する。
「昨日電話した者ですけど〜」
と切り出したが
「あー、はいはい」
とはならず、最初から話す。話が通っているのか、そうでないのかよくわからない。
「あの、あの、ロンドンに、ロンドンにね、行きたいんだけど…」
なんか恥ずかしい。
「できたらでかい車が嬉しい。3人なんだけど、でかいスーツケース3つと、ギター2つと…」
お姉さんは、ふんふん、ふんふん、と聞いている。大丈夫か?
「じゃあすぐ折り返すので待ってて」
お、なんか自信ありげだ!
この時点で、めちゃくちゃ希望の光が見えた気がしたが、そうは行かないのが外国というものである。
全然連絡こないやんけ(泣)
20分経ったので、もう一度電話をする。
どうやらさっきとは別のお姉さんが出たようだ。うわー、話がややこしくなりそうだ。
「あのー、さっきかけたものなんですけど…」
「ああ、はい…。そうなんですか。それで?」
また最初からスタートした。ダブルブッキングは勘弁だぞ、と思ったが、ここからロンドンまで行くという狂った客が同時に2組予約するなんてまさに SURREAL だから、幾ら何でも大丈夫だろう。
今度はすぐ折り返してきた。
「では、〜時に〜ホテル、料金は£440ね。」
おおお、値切ってもいないのに予定より料金が下がった!これなら全然現実的だぞ!帰国へ向けてのハードルを1つクリアした思いだ。
9時30分にタクシーが来た。
ロンドンのボンネットタクシーよりさらにでかい、空港リムジンくらいのが来た。座席も対面式で広い。これはいいんじゃないの!運ちゃんはニューカッスル訛りの大柄な地元のおっちゃんである。
案の定
「マスクなんてするな」
である。このおっちゃんが”持って”たら終わりだが、もうどうにでもなれ、だ。
走り出した。おそらく5〜6時間の旅であるが、乗り心地も最高であり。「次回のツアーは全部このタクシーにしましょう。」という話にさえなった。トイレ休憩(自分以外はタバコ休憩でもある)も入れてくれるので、快適である。
ちなみに英国では、日本のような「有料の高速道路」というものはないので、あの巨大な「海老名」とか「談合坂」のようなサービスエリアはないが、ガソリンスタンドがCostaやTescoなどを併設して適当な場所にある。
北部では雪が残っていたが、途中から雪もほぼ消え、車は順調に走行し、ロンドンの郊外まで来た。すると道も渋滞してくる。
たまにマナーの悪い車がいる。また、スマホを見ながら運転している奴も多い。
我がおっちゃんは、クラクションを鳴らし、バリバリのニューカッスル訛りで、ブリティッシュの swearword を叫ぶ。かなりアグレッシブなおっちゃんである。ニューカッスルではこんな酷い渋滞はないのでかなりイラついているようだ。朝、牛乳を飲んだ方がいいかもしれない。
swearword とはつまり、Fxxk you! とか、ああ言ったやつである。ブリティッシュだと、「クソ野郎!」 の意で、Wanker! などを多用するが、こういうのは無限にある。
おっちゃんの怒りがピークに達した頃、ちょうど運悪く、ロンドンの中心部に入った。
一方通行だらけである。
おっちゃんのナビはあまり優秀ではないらしく、何度も一方通行でハマっている。
そして、ついに同じところに戻ってしまったとき、おっちゃんは完全にブチギレた。
Fワードの嵐となった。もうお分かりと思うが、Fワードとは Fxxk のことである。
ナビにキレているのかと思ったら、実はロンドンにキレていた。
Fxxk London!
を一度にこんなたくさん聞いたのは世界広しといえども我々だけだろう。
この道中がいかに surreal かがわかる、というものだ。
このままいくと我々にとばっちりがきそうなので、適当なところで降ろしてもらう。もうホテルまで歩ける場所でぐるぐるしているのだ。
車を降りて礼を言い、金を渡すと、さすがにおっちゃんも落ち着いたようだ。あとは無事にニューカッスルに帰り着いてほしい。
ホテルは St Giles Hotel ロンドンの一等地にあるもののちょっと安いので自分の常宿である。部屋が狭いが、体の大きくない自分には十分である。
ここまで大脱出が成功したので、ひとまず乾杯しましょう、ということで近所のこれも行きつけ Brewdog のパブへ。
めちゃくちゃ混んでいる。こうしてみると、ロンドンってのはやはり人の多いところなのだ、と今さら実感する。
我がドラマーはロンドンにお友達が多い。今夜は別行動するというので、自分と我がベーシストは、良さそうなベトナム料理店に入る。当然最後もアジア料理で〆るのだ。
なかなか良い店であった。
部屋に戻りBBCを観ていると、なんかアフリカからの新しい変異株が既に英国に入ってきて、市中感染も確認されており、この先、色々と対策が打たれるのでは、というような話をやっている。
「ふーん」
という感じで観ていたが、とにかく今日の大脱走成功で気分が軽くなっていたので、あまり気にせず眠ってしまった。
この翌朝のBBCで、とんでもないニュースに戦慄することになるのだが。
tbc